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【特別寄稿】
季節を魅せる言葉と植物たち。
「七草粥」と「春の七草」、「麦踏み」と「春化」。「薹が立つ」と「トンネル栽培」

植物学者:田中修先生(たなか・おさむ)

キーワード: 春の七草 / 七草粥 / 五節句 / 麦踏み / 春化 / 薹が立つ / トンネル栽培

私たちの身近にあって、美しく季節を教えてくれる草花。懸命に生きる植物たちには驚くべき知恵や工夫があります。そして、私たち日本人は草花とともに、物語や伝説を生きてきました。
もう一度身の回りの植物にまなざしをそそいでみませんか。

「七草粥」と「春の七草」

早春に元気に芽吹く草たちにちなみ、「無病息災」を願って、お正月の1月7日に「七草粥」が食されます。七草粥には、お正月のお祝いの料理やお酒で疲れた胃腸を休ませ、回復をはかるようにとの思いが込められています。また、このお粥には、お正月料理での新鮮な青菜の不足を補う意味もあるとされます。

この日は、人を大切にする「人日(じんじつ)の節句」といわれます。節句とは、季節の節目となる日で、中国から伝えられた暦の上には多くの日があったのですが、江戸時代に、幕府が公式な行事として五つの節句を定めました。それが、現代に伝わる「五節句」とよばれるものです。

ちなみに、五節句とは、1月7日(人日の節句)、3月3日(上巳〈じょうし〉の節句)、5月5日(端午〈たんご〉の節句)、7月7日(七夕〈しちせき〉の節句)、9月9日(重陽〈ちょうよう〉の節句)で、それぞれの日に、その季節にふさわしい植物名がついて季節を刻む節句となっています。順に、「七草の節句」、「桃の節句」、「菖蒲の節句」、「笹竹の節句」、「菊の節句」といわれます。

「七草の節句」に七草粥を食べる習慣が、いつごろから暮らしの中に根づいてきたのかは、定かでありません。平安時代には、7種の穀類を食べることがあったようです。そのときの穀類は、コメ、アワ、ヒエ、キビ、アズキ、ゴマ、ミノゴメなどです。ミノゴメは聞きなれない植物名ですが、小さな種子を結実するイネ科の雑草です。これらの穀類には、「無病息災」の願いよりも、「五穀豊穣」の祈りが込められていたといわれます。

7種の草を食べるようになったのは鎌倉時代とされます。そのあと、室町時代に著された『源氏物語』の注釈書といわれる、四辻善成(よつつじよしなり)の『河海抄(かかいしょう)』に、現在の「春の七草」は、はじめて紹介されました。そのため、「『春の七草』を食べるようになるのは室町時代で、一般化するのは江戸時代になってから」と考えられています。

「春の七草」は、「芹なずな 御形はこべら仏の座 すずなすずしろ これぞ七草」と詠われています。御形はハハコグサ、はこべらはハコベ、仏の座はコオニタビラコ、すずなはカブ、すずしろはダイコンを指しています。

これらの植物は、古くから、日本で育ち栽培されてきました。そのため、「春の七草は、日本原産の植物だろうか」という疑問がもたれます。七草のうち、3種類の植物が日本原産のものとされます。その一つは、この植物です。お考えください。

その植物の花言葉は「貧しくても高潔」で、英語名は「ジャパニーズ・パセリ(日本のパセリ)」です。パセリにたとえられるのは、その植物が、パセリと同じ仲間(科)に属するからでしょう。その植物の姿や形はクレソンとよく似ているといわれますが、クレソンはアブラナ科の植物で、その植物は違う科に属するので、仲間ではありません。その植物は、田の畦や湿地に自生することがありますが、最近は、水田で野菜として栽培されています。

栽培の方法は生産地ごとに確立されていますが、一般的には、秋早くに親株が植えられ、冬の田一面に、きれいな緑の若葉が茂ります。その若葉の成長が、「競り合う」ように背丈を伸ばす印象から、「競り(セリ)」と洒落られます。

もうおわかりでしょう。それは、セリなのです。セリは、セリ科に属し、日本を含む東アジア地域が原産地です。日本原産と考えられる、あとの二つの植物は、日本を含む東アジアから東南アジアを原産地域とするハハコグサと、日本、朝鮮半島、中国などを原産地とするコオニタビラコです。

ハハコグサは、キク科で、4~6月に開花し、あざやかな黄色の小さい粒々のような花を密に集めて咲かせます。名前の由来はいろいろいわれますが、別名の「ほうこぐさ」に基づく説があります。茎も葉も白い細かい毛に覆われており、「ほうけた(呆けた)」ように見えるので、「ほうこぐさ」とよばれ、これが転じて、「ハハコグサ」になったといわれます。

それに対し、平安時代前期の文徳天皇の事跡を記述した『文徳実録』では、この植物は「母子」とよばれたり、「母子草」と記されたりしています。そのため、「昔から、この名はあった」という説もあります。

コオニタビラコは、キク科で、田んぼに葉が放射状に平らにはびこることが、「田平子」という名前の由来です。葉には、タンポポに似たギザギザの切れ込みがありますが、この植物の切れ込みは丸みを帯びています。茎や葉を切ると、白い液が出ます。

春に、高さ約10センチメートルの花茎をだし、1本の花茎に2個以上の花が咲きます。この植物の分布は、現在、田んぼのある田園に限られており、至るところで見られるのは、オニタビラコという植物です。

春の七草では、漢字名にも興味がもたれます。読みやすそうなものから漢字で並べると、「仏の座、芹、御形、菘、薺、繁縷、蘿蔔」となります。菘、薺、繁縷、蘿蔔などは、読むのもたいへんですが、薺、繁縷、蘿蔔などは、書く気もおこらないようなむずかしい漢字です。

「七草の節句」に、七草粥を食べてお正月疲れの胃や腸を休ませるのなら、春の七草の漢字名を書いてみるのは、お正月休み状態の頭を目覚めさせるのにいいかもしれません。ちなみに、読みにくい4つの漢字は、順に、スズナ、ナズナ、ハコベ(ハコベラ)、スズシロです。

「麦踏み」と「春化」

一昔前、冬の田園地方で見られる風物詩に、「麦踏み」というのがありました。麦踏みというのは、寒風の吹きすさぶ麦畑の中で、人が秋に発芽したムギの芽生えを足で踏みつけていくのです。近年、ムギが栽培されることが少なくなり、人が麦踏みをする姿は見かけなくなりました。

そのため、この言葉は死語になりつつあるように思われがちです。しかし、今でも、ムギが栽培されている畑では、冬に、麦踏みは行われています。近年は、人の代わりに、トラクターが、麦踏みに使われ、ムギを踏みつけているのです。

秋にタネをまいて、芽生えてきた芽を、冬に、踏みつけるのですから、「なぜ、ムギの芽生えを踏みつけるのか」と不思議に思われるかもしれません。「霜柱が立つとき、芽生えの根が切れないようにするため」とか、「踏みつけることで、春に強い芽生えになるように」とかいわれます。

ムギには、コムギやオオムギなどの種類があり、これらには、秋にタネをまく秋まき性の品種があります。これらの品種は、秋にタネがまかれると、翌年の春に花が咲き、初夏に結実して収穫されます。しかし、秋に発芽するので、冬の間に“麦踏み”をしなければならないのです。

「寒い冬に、ムギをわざわざ踏みつける作業をしなければならないのなら、なぜ、春にタネをまかないのか」との疑問が浮かびます。「寒い冬には、そんなに成長しないのだから」との思いがあります。

ところが、それでは駄目なのです。春にタネをまけば、芽が出て、その芽生えは成長します。ところが、ツボミがいつまでもできないのです。ですから、花は咲きません。ということは、ムギが実りません。

秋まき性のムギは、成長したあとにツボミをつくるために、発芽したばかりの芽生えが、冬の寒さを感じることが必要なのです。芽生えが冬の低温を感じて、ツボミをつくれるような状態になることは、「春化(しゅんか、バーナリゼーション)」といわれ、そのような低温を与えることは「春化処理」とよばれます。

春化とは、植物が、一定期間、冬の寒さを体感したあとで、暖かくなると、ツボミをつくり、花を咲かせるようになる性質なのです。この現象は、「幼いときに冬の寒さにさらされたという体験を、成長してツボミをつくるときまで覚えている」という言い方ができます。植物に、幼いときの出来事を記憶する能力があるかのような現象です。

コムギやオオムギだけでなく、春化されなければ、春に花が咲かない植物は多くあります。ダイコンやキャベツ、ハクサイ、ニンジン、タマネギなどの野菜や、スミレ、サクラソウ、ストック、ナデシコなど春咲きの植物です。春に花を咲かせる植物たちの多くが、冬には寒さに耐えているだけでなく、春に“ひと花咲かせる”ために、冬の寒さの中で、がんばって準備しているのです。

春化処理では、低温を受けると、ツボミができる状態になるので、低い温度の間にツボミをつくる物質が積極的につくられると理解されてきました。この物質は、“バーナリン”と呼ばれていました。しかし、近年では、「低温を受けることで、ツボミができるのを抑制していた状態が解除されるために、春化したあとに、ツボミができはじめる」と考えられています。

「薹が立つ」と「トンネル栽培」

冬の畑では、ダイコンやニンジン、ハクサイ、ホウレンソウなどが、茎を伸ばさず、地表面に近い高さで冬の寒さをしのぎながら、春化されます。そのため、冬の間に収穫されずに畑に残されてしまった株は、春に暖かくなると、茎を急速に伸ばし、花を咲かせます。レタスやキャベツなどからも茎が伸び、花が咲きます。

これらが、春の訪れを告げる“薹(とう)が立つ”とか、“薹立ち”といわれる現象です。「薹」とは、花を咲かせるために伸びはじめる茎のことです。

この現象は、暖かくなったことが原因と思われがちですが、暖かさを感じる前に、冬の寒さを体感して、春化されていることが大切なのです。もし冬の寒さで春化していなければ、春になっても、薹が立たず、花は咲きません。

ダイコンやキャベツ、ハクサイなどでは、 “薹が立つ”と、花を咲かせタネを実らせるために、栄養が花のほうに移動します。すると、食べる部分の味が落ちてしまい、商品としても価値がなくなります。そこで、栽培している場では、早く春化させてはいけないのです。そのために、これらの野菜では、なるべく、遅くまで、薹が立たないような工夫を凝らして栽培されています。

たとえば、ダイコンでは、食用部に“鬆(す)”が入るという現象がおこったりします。ダイコンでは、発芽したばかりの芽生えが低温を感受すると、春化が容易に成立します。たとえば、ダイコンのタネに、「適切な温度、水、空気」という発芽の3条件を与えて、発芽させます。発芽した小さな芽生えを約1か月間冷蔵庫などに入れ、低い温度を感じさせる春化処理を行います。

この芽生えを暖かい場所に移植すると、茎が伸びて花が咲きます。ところが、発芽させたあと、芽生えに寒さを感じさせないで、暖かい場所に移植すると、いつまでも花は咲きません。

畑で栽培されているダイコンの春化は、夜の低温で進みますが、昼間が高温なら、夜の低温の効果が打ち消されます。この性質を利用して、ダイコンの栽培では、春化されて薹立ちがおこることを遅らせ、ツボミができるのを抑えているのです。

冬に、農地を訪れると、畑の畝をビニールでトンネル状に覆い、その中でダイコンを栽培する「トンネル栽培」が行われています。これは、冬の寒さの中で、暖かくして、ダイコンの成長を促すためと思われがちですが、春化を防ぐという大切な意味もあるのです。

トンネルの中では、昼間の強い太陽を受けて、かなり温度が上がります。そのため、夜の寒さで春化処理を受けていても、昼の高温でその効果は打ち消されているのです。

ダイコンにとっては、冬は春に花を咲かせる準備の季節です。そのため、暖かいトンネルの中で栽培されるダイコンは、春になっても花を咲かせられないと悩んでいるでしょう。

Interview Guest Profile

植物学者:田中修先生(たなか・おさむ)

甲南大学特別客員教授/名誉教授。1947年(昭和22年)京都市に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了。スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て、甲南大学理工学部教授を務め、現職。農学博士、専門は植物生理学。主な著書に『ふしぎの植物学』『雑草の話』『植物はすごい』『植物のひみつ』(中公新書)、『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書)、『ありがたい植物』(幻冬舎新書)、『植物のかしこい生き方』(SB新書)、『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書)、『植物はおいしい』(ちくま新書)ほか多数。

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