鳥取、岡山、島根の3 県にまたがり、風光明媚な山と海、太古にに誘う神話など、自然と人文双方の観光要素を備えた国立公園。海域を含めて全域7 万h a 弱、大山(だいせん)から蒜山(ひるぜん)一帯、隠岐島(おきのしま)、島根半島、三瓶山(さんべさん)の4 地区に大別され、特に隠岐島は学術的に重要な地質、優れた景観を有する地形が評価されて、ユネスコの世界ジオパークに認定されています。
大山から蒜山一帯 「火山地形、豊かな森と草原」

見る角度で異なる山容を描く中国地方最高峰・大山。
鳥取と岡山県境一帯に連なる山々は大山火山帯の活動により形成され、その多くは丸みをおびた、おだやかな山容をしています。その中心は中国地方の最高峰・大山(1729m)で西方から望む優美に裾を引く姿から「伯耆富士」(ほうきふじ)と呼ばれます。一方、南北両面では浸食が進み、崩壊を繰り返して荒々しい景観を呈します。
山頂近くではイチイ科の常緑低木ダイセンキャラボクの純林が見られ、国の特別天然記念物になっています。中腹以下ではブナ林が広がり、ここを分布の南西限とする植物も数多く、固有種もいくつか確認されています。林内ではギフチョウなど多様な動物が棲息し、多くの留鳥(りゅうちょう)(※1)や渡り鳥も観察できます。
(※1)留鳥=季節による移動をせず、同じ場所に生息する鳥の総称。

鳥取県江府町(こうふちょう)付近。
中腹の大山寺は開山1300年、平安時代には高野山や比叡山と肩を並べるほどの修験道の聖地で、強力な僧兵を擁していました。今でも参詣道が残り、この一帯が大山観光の拠点になっています。大山の北東8㎞ほどに位置する船上山(せんじょうさん=615m)は大山外輪山の一つで、奈良時代初期に神仏両方の霊山として開かれました。南北朝期には隠岐を逃れた後醍醐天皇が一時山中の寺院を行在所(あんざいしょ)(※2)とし、現在その跡は国指定史跡になっています。
( ※2)行在所=天皇が一時的な宮殿として使用された施設のこと。
大山南東の尾根続きに広がる西日本屈指のリゾート地・蒜山。
岡山県の北部、上蒜山(かみひるぜん=1202m)を最高点に中蒜山、下蒜山と三つのピークを連ねる蒜山は、ブナなどの落葉広葉樹林に覆われ、南麓には噴火口にできた湖が草原化した高原が広がります。
ここでは太古からの人々の営みが確認され、古墳などが点在して自然探勝、歴史探訪の好適地になっています。ブナの群生はここから南西に約17㎞の毛無山(1218m)にも見られ、豊かに緑をたたえています。

四季折々の美しい自然となだらかな高原の牧歌的な風景が広がる。
三徳山に境内を持つ山岳寺院。他に類を見ない建造物・投入堂
鳥取県のほぼ中央部に位置する三徳山(みとくさん=900m)は深い原生林に覆われ、標高300m付近までは照葉樹林、その上からは中国地方では800m以上にしか生育しないブナが群生するなど特異な植相を呈し、学術的価値の高い森を形成しています。
ここは大山、船上山とともに「伯耆三嶺」(ほうきさんれい)の一つに数えられる山岳霊場で、険しい山中に三佛寺(さんぶつじ)の諸堂宇が点在し、特に断崖に建てられた国宝・投入堂(なげいれどう)で知られます。

島根半島「歴史が息づく古代出雲文化の中心地」
出雲の神さまの国引きによって誕生したとされる景勝地。
島根半島は島根県松江市の地蔵崎を東端に、西は出雲市の日御碕(ひのみさき)に至る約65㎞、本土との間に宍道湖(しんじこ)や中海をはさんで東西に細長く横たわります。
太古の時代、アジア大陸から切り離された後で、海底に堆積した土砂や火山噴出物が複雑な地殻変動を受けて隆起したものと考えられています。

半島東部は地盤沈下により形成されたリアス式海岸で、特に美保関町の日本海側の海岸線は美保の北浦と呼ばれ、変化に富んだ景観を描いています。海食によって複雑に入り組んだ水際に高さ132m、幅70mの壮観な出雲赤壁(いずもできへき)、周囲わずか4㎞の小島に多数の岩脈が露出している築島(つくしま)、多古(たこ)の七つ穴や加賀の潜戸(くけど)の洞門や洞窟などの名勝が点在します。
西部は海底部分が上昇して海面上に現れたリアス式海岸で、日御碕から南東の稲佐の浜に至る海岸線は奇岩、絶壁、岩礁が続いて変化に富み、その昔国譲りの交渉が行われたとされる伝説の岩があります。

潜戸とは洞窟のこと、鼻は岬の突端で、海食作用によりできた洞窟がある。
半島の植生は、海風にさらされる場所ではマサキやトベラなどの低木林が発達し、ところによりクロマツが進出しています。出雲大社や日御碕神社に残存するスダジイ林は貴重な自然植生で、特に半島西部ではイスノキやマテバシイなど、多くの暖地性植物の分布が見られます。
透明度の高い海が広がる足毛馬浜(あしげまはま)一帯は島根半島海域公園地区になっていて、回遊魚も多く様々な魚が集まります。日御碕の経島(ふみしま)はウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されています。
ここは神話の郷、古代出雲文化発祥の地、出雲大社や大社信仰に因む美保神社や佐太(さだ)神社など、神代の昔に誘う史跡や名勝が点在し、海辺では大地に施された壮大な造形が自然の驚異を語っています。
牧歌的な草原を抱く国引き神話の舞台「三瓶山」
島根県のほぼ中央部に位置する三瓶山は、男三瓶(おさんべ=1126m)、女三瓶山など複数の溶岩ドームが環状に並んだ地形を呈しています。北斜面を中心に、ブナとミズナラの混じった自然林が残ります。山麓には牧歌的な草原が広がり、一部では昔ながらの火入れも伝承されています。

大田市西ノ原より望む。
初夏には北麓の姫逃池(ひめのがいけ)でカキツバタが咲きます。動物の種類も多く、高所ではツマグロヒョウモン、草原ではウラギンヒョウモンなど、林内ではミドリシジミ類などのチョウ類が見られ、野鳥では草原にヒバリやセッカ、林内にはキビタキやコゲラなどが遊びます。
ここも神話の舞台の一つで、その昔対岸の新羅の岬に綱を打ち掛け「国来い国来い」と引き寄せたとき、綱の一方を巻き付けたのがこの山だといわれています。

カキツバタの群落は5月中旬~6月にかけて見頃となる。
隠岐諸島「海食による自然景観と離島の人文景観」
古くは隠岐の国と呼ばれ、多くの史跡や伝統が残る美しき離島群
隠岐諸島は、島根半島の北東40〜80㎞の洋上に浮かぶ島々で、西ノ島、中ノ島、知夫里島などの島前と、隠岐諸島の最大の島である島後に大別されます。朝鮮の白頭山火山帯に属し、地殻や気候の変動で海中に没したり、本土と陸続きになりながら、1万年前に現在の姿になりました。島前では、各島の海岸線の大部分は断崖となって切れ落ち、国賀海岸の摩天崖や知夫赤壁のような壮大なスケールの海食崖が形成されています。

国の名勝および天然記念物に指定されている。
島後の白島海岸や浄土ケ浦一帯では、紺碧の海原に緑をたたえた小島や岩礁が点在してあざやかな多島海景観を描き出し、海苔田ノ鼻や沖ノ浦海岸ではよろい岩やかぶと岩、ローソク島のような奇岩や奇勝が見られます。

この島々は、対馬暖流と日本海に発生する寒流双方の影響下にあって夏の極端な暑さや冬の寒さが和らげられるため、北方系のハマナス、南方系のナゴラン、亜高山性のシロウマアサツキなど、分布の異なる植物でも海辺の同じ環境下に生育しています。
海域では日本海に分布する6種の海草が生育し、また、島前の別府湾や菱浦湾に自生するクロキズタは、日本の海藻で唯一国の天然記念物です。陸地ではカラスバト、オキノウサギやヤマネが棲息し、水辺ではオキサンショウウオが見られます。島前の星神島と島後の沖ノ島はオオミズナギドリの繁殖地です。
島前の国賀や海士、島後の代や浄土ケ浦は、暖流系の海藻林や海中動物保護のため、海域公園地区に指定されています。

史跡としては、ここに配流された後鳥羽上皇や後醍醐天皇の行在所跡があり、今でも流刑となった後鳥羽上皇を慰めるために始まったとされる牛を戦わせる「牛突き」が開催されています。

<国立公園とは?> 優れた自然を守り、後世に残すために環境大臣が指定し、国が保護管理にあたる景勝地。対象は高山から海浜部にいたる広く多様な条件下にあるため、とりわけ生物多様性を損なうことのない環境保全への努力が求められます。日本では指定地域すべてが国有地とは限らず、私有地が含まれるところでは官民連携して管理運営する必要があります。平成29(2017)年現在、34カ所が指定されています
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Text: 藤沼裕司 (ふじぬま・ゆうじ)
フリー編集者、記者。動植物、自然、歴史文化を主なテーマに活動。
Photo: 山口高志 (やまぐち・たかし)
写真家、故入江泰吉氏の撮影助手を務めた後、1974年からフリーランスの写真家となる。日本国内の自然、国立公園などを主なテーマに、精力的な活動をおこなっている。主な写真集・著書は、『Somewhere-どこか』『不思議の国のアリス』『モネの風景紀行』『風景写真の上達』『心の四季彩』『風景の完成』『山よ、海よ...』『完璧な構図決定』『風景撮影の要点』『日本の国立公園』『フレーミング実例事典』『究極の絶景・日本の国立公園』『つきづきの彩り』『上手な写真の狙い方』など。
Photo: 谷口 哲
京都府在住のフリーカメラマン。