私たちの身近にあって、美しく季節を教えてくれる草花。
懸命に生きる植物たちには驚くべき知恵や工夫があります。
そして、私たち日本人は草花とともに、物語や伝説を生きてきました。
もう一度身の回りの植物にまなざしをそそいでみませんか。
Text : 田中 修 Osamu Tanaka / Illust : 朝生 ゆりこ
チューリップ
[科名]ユリ科[別名]ウッコンコウ(鬱金香)[原産地]西アジア[都道府県の木・花]新潟県、富山県[花言葉]思いやり

勘違いからつけられた名前
この植物は、春に、花壇や公園、イベント会場などを明るく彩り、春の雰囲気をはじけさせてくれます。
チューリップの名は、頭に巻くターバンのトルコ語「テュルパン」に由来します。昔、この花を見た神聖ローマ帝国の大使が、「何という名前か」と馬上から下を指さしました。聞かれたトルコ人が頭に巻いているターバンを指さされていると勘違いして、「テュルパン」と答えました。その音が、「チューリップ」の語源です。
この植物は、原産地である西アジアのイラン、アフガニスタン、トルコの「国花」とされています。また、栽培が盛んな国であるオランダ、ハンガリー、ベルギーの「国花」にもなっています。
投機の対象となった花とは?
チューリップは、「バブルの元祖」です。17世紀のオランダでは、人々は、人目をひくめずらしいチューリップを競って手に入れようとし 〝チューリップ・バブル〟がおこりました。
チューリップの球根が投機の対象となって値上がりし、バブル現象となったのです。一個の球根が、ビール工場や馬車つきの大邸宅と交換されました。人々が競って手に入れようとした投機対象となったチューリップの絵が数多く残されています。赤地に白い縞(しま)の走る花や、花びらに白いレースのようなモザイク状の模様が入った斑入り(ふいり)の花などを咲かせるものでした。
めずらしい斑入りのチューリップのつくり方として、「斑入りの花を咲かせる球根の一部を切り取って、別の球根に植え込むという方法が使われていた」といわれます。「そのような方法で、めずらしい斑入りの花を咲かせることができるのか」という謎は、20世紀になって科学的に解かれました。
これらのめずらしい斑入りのチューリップは、モザイク病という伝染病にかかったものだったのです。美しいモザイク状の斑入りのチューリップの奇妙なつくり方は、斑入りの病気にかかった球根の一部を別の球根に植え込むことで、モザイク病の病原菌を人工的に感染させ、モザイク病を伝染させていたのです。
ツボミは、寒さに耐えながら春を待っている
チューリップのツボミは、花が咲く前の年の夏に球根の中でつくられます。確かめようと思えば、かわいそうですが、秋に市販されている球根を買ってきて、包丁で真二つに切るのです。球根の真ん中に、小さなツボミが見つかります。夏にツボミができるのなら、春まで待たずに、秋に花が咲いても不思議ではありません。春と秋の温度は、ほぼ同じだからです。でも、秋に芽を出して花が咲けば、その後の冬の寒さで、植物は枯れてしまいます。すると、タネはできないし、球根を大きく成長させることも、球根を増やすこともできません。そのため、ツボミは、寒い冬が通過したことを確認したあとでなければ、花咲かないのです。
球根は、冬の通過を確認するために寒さを体感しなければなりません。自然の中で春に花を咲かせる球根は、冬には、花壇の土の中で寒さを体感しているのです。冬の寒さに耐えながら、花咲く春の訪れをじっと待つのです。しかし、花屋さんの店頭では、クリスマスやお正月のころから、色とりどりの花が咲いています。2月というもっとも寒い時期に、きれいに咲いているのです。
どうして、寒い時期に花が咲くのか?
「どうして、こんな寒い時期に、チューリップの花が咲いているのか」と問えば、「暖かい温室で栽培されているから」という答えが即座に返ってきます。
寒い時期に花を咲かせるために、暖かい温室で栽培されているのは事実です。だから、その答えが間違っているわけではありません。でも、何か物足りません。なぜなら、その答えは、チューリップが花を咲かせるために耐えている苦労に触れていないからです。
「冬に暖かい温室で栽培されたから」といって、チューリップの花は冬に咲くわけではないのです。チューリップは、「冬の寒さを自分のからだで感じて、冬の通過を確認しないと、花を咲かさない」という用心深い性質をもっているからです。
そのため、チューリップの花をクリスマスやお正月のころに人為的に早く咲かせるためには、球根を夏から約3~4カ月間冷蔵庫に入れて、寒さを体感させねばなりません。そのあとで、暖かい温室で栽培すれば、花を咲かすことができるのです。
温度の変化を感じ取り、花が開閉する
チューリップの花は、規則正しく、朝に開き、夕方に閉じます。この開閉運動を、約10日間、繰り返します。朝に、花が開くのは、気温が上がることが刺激となっています。このことは、容易に確認できます。
朝早くに、まだ気温が高くない場所に置かれた鉢植えの花は、閉じたままです。これを、高い温度の場所に移せば、花は開きはじめます。
チューリップの花が夕方に閉じるのは、温度が低くなることが刺激となっています。試しに、高い温度の部屋で開いた花を、温度の低い場所に移せば、花はすぐに閉じます。
チューリップの花の開閉は、気温の変化に対応して、毎日おこるのです。
花は徐々に大きくなるのか?
チューリップの花をよく観察していると、「初めて開いた花より、萎れるころの花が大きい」という印象がもたれます。これは正しいでしょうか。
1953年、イギリスのウッドはチューリップの花の開閉のしくみを知るため、一枚の花びらを外側と内側の二層に分けて水に浮かべました。そして、水の温度を7度から17度に上げました。すると、花びらの内側は、その上昇に敏感に反応して、急速に伸びました。しかし、外側は、ゆっくりとしか伸びませんでした。
この結果は、「気温が上がると、花びらの内側が急速に伸び、外側の伸びが少ないために、外側に反そり返る。それが開花現象となる」ということを示します。
逆に、温度を17度から7度に下げると、花びらの内側はほとんど伸びないのに、外側は、急速に伸びました。この結果は、「気温が低下すると、花びらの外側が急速に伸びるのに、内側がほとんど伸びないため、開花のときにできた内側と外側の長さの差が消える。そのため、外側への反りがなくなり、閉花する」というしくみを示しています。
結局、花が開くときには花びらの内側がよく伸び、閉じるときには外側がよく伸びるということになります。そのため、開閉運動をする花は、そのたびに、大きくなるのです。
だから、「はじめて開いた花より、萎れるころの花が大きい」という印象は正しいのです。
なぜ、花が咲くと、花は切られるのか?
チューリップの産地では、花が咲くと、花が切られてしまいます。「なぜ、せっかく咲いた花を切ってしまうのか」という疑問がもたれます。
これは、花を咲かせたままにしておくと、タネをつくるために栄養が使われてしまうことが原因です。チューリップでは、栄養は球根を大きくするために使われなければなりません。
りっぱな球根をつくるには、花が咲いたあとタネをつくるために栄養が使われるのを避けねばならないのです。そのために、花は切り取られてしまうのです。かわいそうですが、「翌年に、多くのりっぱな花が咲くためにしかたがない」と思わねばなりません。
それなら、「花が咲く前に切り落とせばいいのではないか」との思いが浮かびます。花が咲くまで待つのには、別の理由があります。咲いた花の花びらを見て、病気にかかっていないかを確認するためです。たとえば、モザイク病にかかっていると、花を咲かせると、花びらにモザイク状の症状が出るので、すぐにわかるのです。
また、花を咲かせることで、その株がつくる球根が、どんな色と模様の花を咲かせるかが確認できます。球根をつくった株の性質は、球根にそのまま受け継がれるからです。その結果、どんな色や模様の花を咲かせるかを示して、球根を販売することができるのです。
『日本の花を愛おしむ』 令和の四季の楽しみ方
発行:中央公論新社
田中 修・著 朝生ゆりこ・絵
判型/頁:A5判/274ページ
定価:本体2000円(税別)
販売サイト ⇒ http://www.chuko.co.jp/tanko/2020/01/005264.html
Text: 田中 修 Osamu Tanaka
甲南大学特別客員教授/名誉教授。1947年(昭和22年)京都市に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了。スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て、甲南大学理工学部教授を務め、現職。農学博士、専門は植物生理学。主な著書に『ふしぎの植物学』『雑草の話』『植物はすごい』『植物のひみつ』(中公新書)、『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書)、『ありがたい植物』(幻冬舎新書)、『植物のかしこい生き方』(SB新書)、『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書)、『植物はおいしい』(ちくま新書)ほか多数。
Illust: 朝生 ゆりこ (あそう・ゆりこ)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京藝術大学美術学部油画科卒。雑誌、書籍のイラスト、挿画などを多く手がける。 https://y-aso.amebaownd.com