私たちの身近にあって、美しく季節を教えてくれる草花。
懸命に生きる植物たちには驚くべき知恵や工夫があります。
そして、私たち日本人は草花とともに、物語や伝説を生きてきました。
もう一度身の回りの植物にまなざしをそそいでみませんか。
※このシリーズは中央公論新社から発行の「日本の花を愛おしむ」の文中記事から抜粋して作っています。
モモ(桃)
[科名]バラ科[原産地]中国[花言葉]気立てがよい、天下無敵、あなたのとりこ

なぜ、桃の節句にモモの花が咲かないのか?
この植物は、中国から渡来し、古くから日本で栽培されていたようです。
約2000年前の弥生時代の遺跡から、モモのタネが発見されています。2010年、奈良県桜井市にある「纒向(まきむく)遺跡」から、モモのタネが2000個以上も見つかりました。この遺跡には、三世紀前半の「女王卑弥呼の宮殿」といわれる大型の建物の跡があります。
当時、モモは「魔よけの果実」あるいは「不老長寿の果実」とされ、「祭祀のお供えや死者の弔いに用いられた」と想像されます。2000個以上ものタネが見つかるほど、大量のモモが使われていたことから、「モモの果樹園のような場所で栽培されていた」と考えられています。
「3月3日は、『桃の節句』といいますが、モモの花はまだ咲いていません。なぜ、『桃の節句』というのでしょうか」という疑問があります。その答えは、「旧暦の三月三日が『桃の節句』で、現在の三月下旬から四月上旬に当たるから」です。旧暦の三月三日は、モモの花がちょうど咲くころだったのです。新暦でも、三月三日を「桃の節句」にしたために、モモの花が咲かない「桃の節句」になったのです。
でも、新暦の三月三日の「桃の節句」に行われる「ひな祭り」のときに、咲いているモモの花が飾られていることがあります。それらのモモの花は、一般的には、温室栽培されたものです。
「ひな祭りには、自然に咲いたモモの花が欠かせない」と考える地域や地方では、ひな祭りが一カ月遅れの四月三日に行われます。この日は旧暦の三月三日ごろにあたり、自然の中でモモの花が咲いています。
ハナミズキ(花水木)
[科名]ミズキ科[別名]アメリカヤマボウシ(アメリカ山法師)[原産地]北アメリカ[花言葉]返礼、耐える、永続性

「ほう!」と感心したい花
この植物は、アメリカ合衆国のバージニア州の「州の花」に選ばれています。アメリカから日本に来て、日本のヤマボウシに似ているので、「アメリカヤマボウシ」ともいわれます。
英語名は、「ドッグウッド」です。この木の樹皮を煎じた汁が、イヌの皮膚病の治療に用いられ、イヌのノミ退治に使われたようです。イヌを飼うのに役立つ木という意味で、「イヌの木」という名前がついているのです。
この植物には、時代の流れに翻弄された哀しい歴史があります。1912年に、東京の尾崎行雄市長が、現在、アメリカのポトマック河畔などに咲くサクラの木を贈りました。その返礼として、この植物は日本に贈られてきたのです。ですから、この植物は「日米親善を記念する木」であり、花言葉は「返礼」です。
しかし、その後、不幸にも日本とアメリカの間に戦争が勃発したため、「親善の木」どころか「敵国の木」としてしいたげられたのです。
この植物が咲かせている明るい淡紅色の花を見ると、思わず「きれいな色の花びらだ」という言葉が出ます。でもそのようなとき、「それは花びらではないよ」と言われることがあります。
ハナミズキの花では、きれいに色づいているのは花びらではなく、植物学的には、「苞(ほう)」なのです。苞とは、本来、花の下につく小さな葉です。ハナミズキのほんとうの花は小さなツブツブです。そのまわりを色がついた大きな苞(苞葉《ほうよう》ともいう)が花びらのように取り囲んでいるのです。
ですから、もし「それは花びらではないよ」と言われたら、そのとおりですから、その指摘に感心するように「ほう!」と答えてください。
フジ(藤)
[科名]マメ科[原産地]中国[花言葉]歓迎、至福のとき

新五千円札に描かれる紫色の花
この植物は、花かるた(花札)では、四月にホトトギスとともに描かれています。英語名は、「ウィステリア」です。学名は、「ウィステリア フロリブンダ」であり、「ウィステリア」はアメリカの植物学者カール・ウイスターの名前にちなみます。「フロリブンダ」は、たくさんの花をつけることを意味します。
春に、フジは、50cm以上にも垂れ下がった房に多くの花を咲かせます。その姿が「下がり藤」として、浄土真宗本願寺派の宗紋となっており、本山である西本願寺(京都市下京区)の寺紋にもなっています。
花の色は、淡い上品な薄い紫色で、この植物の名前がその色の名前に用いられ、「藤色」です。この植物のツルは、木や棒に巻きついて伸びます。この性質を利用して藤棚に仕立てられるのは、多くの場合、「ノダ」という名前がつく品種です。「ノダ」は大阪市福島区野田の地名で、野田は「ノダフジ」の発祥の地なのです。
「吉野のサクラ、高尾(たかお)のモミジ、野田のフジ」と称せられます。サクラの名所である吉野、京都のモミジの三尾(さんび)=高尾、栂尾(とがのお)、槙尾(まきのお)の一つである高尾とともに、「野田のフジ」といわれていたのです。しかし、1945年の空襲に続いて、1950年のジェーン台風で、壊滅的な被害を受け、「野田のフジ」は、姿をほとんど消しました。近年、地元の人たちにより、ノダフジの復活がはかられています。
この植物は、2024年度に発行される新五千円札の裏面の図柄に採用されました。このお札の人物は、近代的な女子高等教育に貢献した津田梅子で、紫色を基調とするため、その色合いをもつフジの花が選ばれました。
シャクナゲ(石楠花)
[科名]ツツジ科[原産地]ヒマラヤ山脈[都道府県の木・花]福島県(ネモトシャクナゲ)、滋賀県(シャクナゲ)[花言葉]威厳、風格、警戒心

細やかに守られた環境で咲く花
ウメ、ツバキ、タイサンボクなどの花が、「花木の王」とよばれ、それにふさわしい気品、風格を備えています。それらを超えて、花の濃厚さを備えているのは、ボタンです。ですから、ボタンは、中国で「花王(かおう)」という呼び名を得ています。
それに対し、シャクナゲは、「花木の女王」とよばれます。この植物は、女王としての繊細な花の美しさを備え、「ヒマラヤの花」や「深山に咲く花」などといわれる花を咲かせます。夏の冷涼さ、高い湿度という細やかな環境に守られながら育つお嬢様のような植物です。
原産地であるヒマラヤ山脈の中腹に、ネパールという国が位置します。シャクナゲは、この国の「国花」になっています。
その広く厚い葉は、夏の涼しさと高湿度の自生地に適しています。動物にはおいしそうに見えるので食べられるおそれがあるからでしょうか、身を守るために有毒物質「アンドロメドトキシン」を含んでいます。この木の杖を使うと「長生きする」といわれ、この木で物差しをつくると「曲がらない」といわれます。
シャクナゲは、本来、標高800~1000mの高山に生育する植物ですが、滋賀県では、標高約300mの鎌掛谷(かいがけだに)の4万㎡という狭い範囲に約2万本が群生しており、国の天然記念物に指定されています。
ここでは、四月下旬に、赤、白、ピンクなどの花が咲きそろい、その壮大さとかもし出される雰囲気は、「花木の女王」を満喫させてくれます。
この植物の属名は、「ロードデンドロン」とよばれます。ギリシャ語で、ロードはバラを意味し、デンドロンは木を意味します。
サツキツツジ (五月躑躅)
[科名]ツツジ科[別名]サツキ(皐月、五月)[原産地]日本[都道府県の木・花]栃木県(ヤシオツツジ)、群馬県(レンゲツツジ)、静岡県(ツツジ)、福岡県(ツツジ)、長崎県(ウンゼンツツジ)[花言葉]節制

秋に、刈り込んで、木の形を整えると?
この植物の名前は、旧暦の五月(さつき)に花咲くことにちなんでいます。春を過ぎて花が咲くので、ツボミは春につくられるような印象があります。しかし、スイセン、ヒヤシンス、チューリップなどの春咲きの球根類の場合と同様に、これらの花々のツボミは、前の年の七月から八月ごろに生まれています。その後、夏の暑さ、冬の寒さに耐え、ほぼ1年間、自分たちが花咲く季節をじっと待っているのです。
生き生きと美しく咲いているように感じられる花々は、新しく伸びはじめる芽と競うように木の表面を覆って咲きます。枝の先に、花が咲くからです。ということは、夏に枝の先にツボミがつくられるのです。
「夏に、ツボミが枝の先につくられる」ことがあまり知られていないので、秋に木の形を整えるために、枝の先が刈られることがあります。ところが、夏に枝の先にツボミがつくられているのですから、そんなことをすると、ツボミが切られることになります。春になって、「家のサツキツツジには、多くの花が咲かないが、なぜか」との悩みが生まれることになります。
剪定をするなら、花の季節が完全に終わる前、「もう少し花を楽しめるだろう」と思うころに、勇気を出してしなければなりません。毎年「つつじ祭り」などが催される場所では、祭りが終わるとすぐに刈り込みが行われます。では、何時に、開花するのか? サツキツツジの開いた花は、5日から10日間の寿命をもち、毎日次々と多くのツボミが開花します。そのため、新しいツボミが何時に開花するかは、非常にわかりにくいものです。
『日本の花を愛おしむ』
令和の四季の楽しみ方
発行:中央公論新社
田中 修・著 朝生ゆりこ・絵
判型/頁:A5判/274ページ
定価:本体2000円(税別)
販売サイト ⇒ http://www.chuko.co.jp/tanko/2020/01/005264.html
Text: 田中 修 Osamu Tanaka
甲南大学特別客員教授/名誉教授。1947年(昭和22年)京都市に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了。スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て、甲南大学理工学部教授を務め、現職。農学博士、専門は植物生理学。主な著書に『ふしぎの植物学』『雑草の話』『植物はすごい』『植物のひみつ』(中公新書)、『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書)、『ありがたい植物』(幻冬舎新書)、『植物のかしこい生き方』(SB新書)、『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書)、『植物はおいしい』(ちくま新書)ほか多数。
Illust: 朝生 ゆりこ (あそう・ゆりこ)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京藝術大学美術学部油画科卒。雑誌、書籍のイラスト、挿画などを多く手がける。 https://y-aso.amebaownd.com