私たちの身近にあって、美しく季節を教えてくれる草花。
懸命に生きる植物たちには驚くべき知恵や工夫があります。
そして、私たち日本人は草花とともに、物語や伝説を生きてきました。
もう一度身の回りの植物にまなざしをそそいでみませんか。
※このシリーズは中央公論新社から発行の「日本の花を愛おしむ」の文中記事から抜粋して作っています。
スイセン(水仙)
[科名]ヒガンバナ科[別名]セッチュウカ(雪中花)[原産地]地中海沿岸地方(ニホンズイセン)[都道府県の木・花]福井県[花言葉]うぬぼれ、自己愛

春に、美しさと誤食で二度話題になる!
スイセンは、雪の中でも咲くという意味で「雪中花(セッチュウカ)」という別名をもち、春の訪れをいち早く告げる花とされます。ウメ、ロウバイ、サザンカとともに、「雪中の四友(せっちゅうのしゆう)」、ウメとジンチョウゲとともに「三君(さんくん)」に名前を連ねます。
この植物の英語名は、「ナルシサス」です。これは、「水面に映る自分の姿に恋して死んだ、美少年ナルキッソス(フランス語でナルシス)が姿を変えた花がスイセンである」というギリシャ神話に基づきます。ですから、スイセンの花は、水面に映る自分の姿をのぞき込むようにうつむき加減に咲くといわれます。この植物には、多くの品種があります。その中で、白い花弁の上に、「副花冠(ふくかかん)」とよばれる黄色いカップ状の冠かんむりをもつニホンズイセンが、よく知られています。日本生まれのような名前ですが、原産地は地中海沿岸地方です。古くに、中国から日本に伝わり、育てられてきました。
スイセンは、『万葉集』に詠まれていないので、「なぜなのか」と不思議がられます。この理由は、『万葉集』は奈良時代に編纂されたものですが、この植物が日本に伝えられたのは、そのあとの平安時代末から室町時代だからです。
この植物は、花の美しさゆえに春早くに話題になりますが、四月から五月に、もう一度、食中毒で話題になることがあります。この植物の葉が食用のニラの葉と似ているため、ニラを採取するときに、混じってしまうのです。スイセンは、ヒガンバナの仲間で、ヒガンバナと同じ「リコリン」という有毒な物質を含みます。そのため、吐き気や嘔吐などの食中毒がおこるのです。スイセンとニラは、庭や畑に植えるときに、きちんと区分けされなければなりません。
フキ(蕗)
[科名]キク科[別名]カントウ(款冬)[原産地]日本を含む東アジア[都道府県の木・花]秋田県(フキノトウ)[花言葉]私を正しく認めてください、公正な裁き

フキノトウに教えを請うた「あるもの」とは?
フキは、日本で最古の野菜の一つといわれます。学名「ペタシテス ヤポニクス」のヤポニクスは「日本の」を意味し、ペタシテスは「つばの広い帽子」が語源で、葉が広く大きいことにちなみます。
春の初めに、根茎(こんけい)から、フキノトウが雪を割って芽を出し、春の訪れを告げます。この現象には、次のような言い伝えがあります。その中にでてくる「あるもの」を考えてください。
「あるもの」は、現在、きれいな色をしていますが、昔、無色透明でした。「自分も花のようなきれいな色になりたい」と思い、「色の出し方を教えてほしい」と、植物に頼んでまわりました。でも、教えるのが面倒なのか、秘密を教えたくないのか、教え方がわからないのか、相手になってくれる植物はいなかったのです。どの植物からも断られ落胆する「あるもの」の姿を見るに見かねたフキノトウが、「私の色でよければ、教えましょう」と申し出ました。
フキに咲く花は白色ですが、フキノトウは、色の出し方を一生懸命に教えました。それをきっかけに、「あるもの」は白色を出せるようになり、そのあと、努力を重ねて、輝くような真っ白になりました。そのため、現在、「あるもの」は、輝くような白色になっています。さて、「あるもの」とは何でしょうか。
「あるもの」は、白色の出し方を教えてくれたフキノトウに恩義を感じています。そのため、多くの植物に覆いかぶさる「あるもの」は、フキノトウが地中から顔を出すと、溶けて姿を消し、その場所を譲ります。そのおかげで、フキノトウは、雪の中から芽を出すことができるのです。「あるもの」とは、「雪」なのです。
ロウバイ(臘梅)
[科名]ロウバイ科[別名]カラウメ(唐梅)[原産地]中国[花言葉]先導、先見、慈愛

ウメのようでウメではない植物
この植物は、ウメ、サザンカ、スイセンとともに、雪の中でも花を咲かせる「雪中の四友」とよばれます。真冬の寒さの中で花を咲かせる花木です。この植物の名前を「老梅」と書けば、歳を重ねたウメの木で、ウメの老木になってしまいますが、この植物は「老梅」ではなく、「蠟梅」、あるいは、「臘梅」と書かれます。
冬の寒い最中、葉が出ていない枝に、透き通るような黄色い花が咲きます。その花は蠟細工(ろうざいく)のような光沢をもつことから、「蠟梅」といわれるのです。花を一目見れば、「蠟でできているのではないか」と思うほど、艶があって透き通っており、納得がいく名前の由来です。
一方、この花が咲く旧暦の十二月を「臘月(ろうげつ)」ということから、臘月に咲くからということで、「臘梅」といわれるとの説があります。旧暦の十二月なら、今の一月から二月に当たるので、ちょうどこの花が咲く季節になります。だから、この説も説得力があります。
名前に「梅」という字が使われることについて、少なくても三つの説があります。「ウメに似た花を咲かせるから」「枝ぶりがウメの木に似ているから」「花の香りがウメの花の香りに似ているから」などです。どれが正しいとしても、この植物とウメとの間には、植物学的な類縁関係はありません。
この花には印象深い甘い香りがあるため、英語名は「ウインター・スウィート(冬の甘い香り)」です。花言葉の「先導」あるいは「先見」は、寒さの中で、春に先駆けて咲くからです。「慈愛は、花のもつやさしい雰囲気からです。
ジンチョウゲ(沈丁花)
[科名]ジンチョウゲ科[別名]センリコウ(千里香)、リンチョウゲ(輪丁花)[原産地]中国[花言葉]栄光、不滅、甘美な思い出、不老長寿

千里先まで香るといわれる花
この植物の英語名は、「ウインター・ダフネ」です。ダフネは、ギリシャ神話の女神の名前であり、ギリシャ語ではゲッケイジュ(月桂樹)のことです。だから、日本語にすれば、「冬の月桂樹」となるでしょう。ジンチョウゲとゲッケイジュの葉の形は似ているので、この英語名があります。ゲッケイジュは、葉がついた枝で冠をつくり、オリンピックの勝者に贈られる由緒正しい樹です。
ジンチョウゲは、十二月ごろ、ツボミを見せ、冬をその姿で越します。少し寒さがやわらいだ二月末から三月に、ツボミが待ちわびたように開花します。そのため、春の訪れを祝うウメ、スイセンとともに「三君」に選ばれています。
小さい十数個の花が球形に集まって咲きます。花びらの内側も外側も白色の花がありますが、花びらの内側が白色で外側が赤紫色の花が印象深い上品な花です。
この植物はクチナシ、キンモクセイとともに、「三大芳香花(ほうこうか)」の一つです。強い香りにちなんで、中国では、「七里香(シチリコウ)」という別名があり、強い香りを強調するように「千里香(センリコウ)」とよばれることもあります。強い香りの成分は、「ダフニン」という物質です。この香りは、高級なお線香などの香りとして名高い植物「沈香(ジンコウ)」に似ています。また、花の形が香辛料として有名な植物である「丁字(チョウジ)」に似ています。丁字は、昔から、香辛料以外にも、鬢付け(びんつけ)油や匂い袋、消臭、防虫などに多彩に用いられてきました。
香りや花の形が似ていることから、ジンチョウゲは、それぞれの植物から、 “沈” と“丁”をもらい、“沈丁花”と名づけられています。
ナノハナ(菜の花)
[科名]アブラナ科[原産地]地中海沿岸地方[都道府県の木・花]千葉県[花言葉]活発、予期せぬ出会い

なぜ、畑に群生しているのか?
この植物は、四月初旬までに大きく成長します。そのあと、成長した植物の葉や茎が土にすき込まれます。葉や茎は、土の中で微生物により分解され、畑で栽培される作物の養分となります。また、葉や茎に含まれていたデンプンやタンパク質などの有機物は、土中の微生物の数を増やし、それらの活動を促し、土壌の通気性や通水性を高めます。葉や茎を構成する成分が肥料となるので、これらは「緑肥(りょくひ)」といわれ、緑肥となる作物は、「緑肥作物」といわれます。
近年、ナノハナが緑肥作物の代表になりつつあります。ナノハナは、大きく成長する時期が早く、緑肥として役に立つので、群生して育てられています。葉や茎が肥料となるのなら、どの植物も緑肥作物として利用できるはずです。
でも、緑肥作物として栽培されるためには、役に立つためのプラスアルファの性質をもたねばなりません。「サツマイモを栽培する前に、ナノハナを緑肥作物にすると、サツマイモが病気にかかりにくい」などといわれます。これは、アブラナ科の植物は、「グルコシノレート」という物質を含んでおり、この物質は土壌中で「イソチオシアネート」という物質を生み出すことが原因です。この物質は、有害なセンチュウや土壌にいる病原菌の増殖を抑える効果があります。ナノハナが、緑肥作物といわれるのは、大きく成長する時期が早いのに加えて、このような働きをするからです。
この植物は、「美しい眺めをつくる」という意味で、「景観植物」といわれます。でも多くの場合、景観植物としてだけではなく、緑肥作物として栽培されているのです。
『日本の花を愛おしむ』 令和の四季の楽しみ方
発行:中央公論新社
田中 修・著
朝生ゆりこ・絵
判型/頁:A5判/274ページ
定価:本体2000円(税別)
販売サイト
⇒ http://www.chuko.co.jp/tanko/2020/01/005264.html
Text: 田中 修 Osamu Tanaka
甲南大学特別客員教授/名誉教授。1947年(昭和22年)京都市に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了。スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て、甲南大学理工学部教授を務め、現職。農学博士、専門は植物生理学。主な著書に『ふしぎの植物学』『雑草の話』『植物はすごい』『植物のひみつ』(中公新書)、『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書)、『ありがたい植物』(幻冬舎新書)、『植物のかしこい生き方』(SB新書)、『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書)、『植物はおいしい』(ちくま新書)ほか多数。
Illust: 朝生 ゆりこ (あそう・ゆりこ)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京藝術大学美術学部油画科卒。雑誌、書籍のイラスト、挿画などを多く手がける。 https://y-aso.amebaownd.com