私たちの身近にあって、美しく季節を教えてくれる草花。
懸命に生きる植物たちには驚くべき知恵や工夫があります。
そして、私たち日本人は草花とともに、物語や伝説を生きてきました。
もう一度身の回りの植物にまなざしをそそいでみませんか。
※このシリーズは中央公論新社から発行の「日本の花を愛おしむ」の文中記事から抜粋して作っています。
ウメ(梅)
[科名]バラ科[別名]ハルツゲグサ(春告草)、コウブンボク(好文木)[原産地]中国[都道府県の木・花]茨城県(ウメ)、大阪府(ウメ)、和歌山県(ウメ)、福岡県(ウメ)、大分県(ブンゴウメ)[花言葉]高潔、忠実、忍耐、澄んだ心

上品な香りを誇りとする「七香花」の代表
平成の時代が終わり、元号は「令和」となり、英語では「ビューティフル・ハーモニー」の意味をもつと説明されました。この元号は、奈良時代に編纂され、現存する最古の歌集といわれる『万葉集』から生まれたとされます。
この歌集の巻五、「梅花(うめのはな)の歌32首」の序文にある「初春の令月にして、気淑風和、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」(しょしゅんのれいげつにして、きよくかぜやわらぎ、うめはきゃうぜんのこをひらき、らんははいごのかうをかをらす)の文言が、「令和」の出典とされます。
元号「令和」のゆかりの植物となったウメは、奈良時代より前にすでに栽培されていました。古来、この植物の花と木は、多くの人々に愛され、絵に描かれ、詩歌に詠まれ、私たちの身近に息づいてきました。
『万葉集』には、約4500首の歌が収録され、そのうちの約1500首に植物が詠まれており、約160種の植物が登場します。その中で、ウメが 118首で、ハギの約140首に次いで多く詠まれています。
ウメは、「厳寒の三友」や「四君子」の一つに選ばれています。また、雪の中でも花を咲かせる「雪中の四友」は、ウメ、ロウバイ、サザンカ、スイセンです。春の訪れを祝うめでたい花として絵に描かれる「三君」は、ウメ、ジンチョウゲ、スイセンです。上品な香りを誇りとする「七香花(しちこうか)」とよばれる7種の植物があります。その代表がウメで、あとの6種は、ユリ、キク、スイセン、クチナシ、キンモクセイ、ジャスミンです。
「飛梅」は、白梅か? 紅梅か?
マツの「飛松伝説」で紹介したように、菅原道真は京都を去りました。そのとき、愛していたウメの木を前に、東風(こち)吹かば 匂(にほ)ひおこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな」と詠みました。そのウメの木が、京都北野天満宮の本殿の前にあります。ちなみに、梅の花は、この神社の神紋となっています。これは、「紅和魂梅(べにわこんばい)」という樹齢約350年といわれる紅梅です。
樹齢350年では、道真が大宰府に移った901年から年数が合わないと思われますが、江戸時代にもとの木から接(つ)ぎ木されたからです。詠まれたウメは、道真といっしょに、京都から飛んできて大宰府に根づいたと伝えられます。これが「飛梅」とよばれます。飛梅は、「色玉垣(いろたまがき)」という樹齢1000年以上の白梅です。道真が大宰府に移って1000年以上の歳月が経つので、樹齢は納得できます。
毎年、これらのウメの木は、花を咲かせます。道真に詠まれたように、主なくても春を忘れることなく、匂いをおこしているのです。不思議なのは、「紅和魂梅」は紅梅であるのに対し、「色玉垣」が白梅であることです。京の都から福岡の大宰府まで飛ぶ間に疲れ切って、色素を失ってしまったかのようです。

なぜ、ウメはサクラより早くに咲くのか?
ウメとサクラは、北海道では、ゴールデンウィークのころに、いっしょに花を咲かせることがあります。しかし、全国的に、ウメの花は、サクラの花より早くに咲きます。
だからこそ、1958年の国民投票によって作成された「花ごよみ」では、一月にはウメ、四月にはサクラが選ばれています。「花合わせ」という遊びに用いる花かるた(花札)では、ウメは二月、サクラは三月の札に描かれます。
「なぜ、ウメはサクラより早く花を咲かせるのか」と尋ねると、多くの人から、即座に、「ウメのほうがサクラより、低い温度で開花するから」という答えが返ってきます。この答えは、間違いではありませんが、何か物足りません。なぜなら、開花するときの気温にだけしか触れていないからです。ウメもサクラも、前年の夏には、ツボミがつくられます。そのあと、ほぼ1年間をかけて、春の開花の準備をするのです。「ウメのほうがサクラより、低い温度で開花するから」という答えは、この1年間の努力に触れていません。
ウメはサクラより気温が低くても開花するのは確かです。しかし、ウメの花が咲きはじめる一月に、サクラに春のような暖かさを与えても、花は咲きません。「春のような暖かさに反応して、サクラは開花する」と思われがちですが、そうではないのです。その理由は、“眠り”の深さにあります。ウメもサクラも、秋に夜が長くなってくると、ツボミは“眠り”に入ります。そのため、この芽は、「冬芽(とうが)」や「越冬(えっとうが)」とよばれますが、「休眠芽(きゅうみんが)」ともよばれます。
この状態では、暖かい温度が与えられても、ツボミは眠っており、花咲くことはないのです。この眠りの深さが、ウメとサクラでは違うのです。ウメでは浅く、サクラでは深いのです。眠りから目覚めるためには、冬の寒さにさらされなければなりません。眠りの浅いウメのツボミは少しの寒さにさらされればよく、サクラのツボミはウメよりも厳しい寒さに長い期間さらされる必要があります。
そのため、一月ごろには、ウメのツボミは眠りから目覚めており、少し暖かければ花を咲かせます。一方で、サクラのツボミは、眠りから目覚めていないので、花を咲かせません。ツボミが目覚めたあとは、ツボミが開くための暖かさが必要ですが、ウメでは、サクラよりも、この温度が低いのです。
毎年、同じ地域では、ウメがサクラよりも早くに花が咲くのは、「ウメのツボミの眠りがサクラよりも浅いので眠りから目覚めやすいこと」と、「ウメのツボミが開くための温度がサクラよりも低いこと」の二つが理由です。
ウメに寄ってくる小鳥は?
花が咲いたウメの木に寄ってくる小鳥は、ウグイスと思われがちですが、ウグイスではありません。実際に、「ウグイス色の羽根をした小鳥が、花の咲いたウメの木に寄ってきているのを見た」という人が多くいます。
ところが、皮肉なことに、「ウメの木にウグイス色の羽根の小鳥が寄ってきているのを見た」ということが、「ウメの木に寄ってくるのは、ウグイスではない」ということの証しになっているのです。ウグイスの羽根は、ウグイス色ではなく、枯れ葉のようにくすんだ茶色をしています。それに対し、ウグイス豆やウグイス餅のような明るい黄緑色をした羽根をもつ鳥がいます。この鳥は、メジロなのです。ですから、「ウグイス色の羽根をもった小鳥が、花の咲いたウメの木に寄ってきているのを見た」という目撃証言は、「メジロがウメに寄ってきている」ということの証しになるのです。
「ウメの花に寄ってくるのは、メジロである」という根拠は、羽根の色だけではありません。ウグイスには、花の咲いたウメの木を選んで、わざわざ寄ってくる理由がないのです。ウグイスは、藪や茂みの中に住み、クモなどの虫や、その幼虫などを食べて生きています。そのため、それらを探しにウメの木に寄ってくる可能性はありますが、わざわざ寄ってくる必然性はないのです。
それに対し、メジロは、花の蜜を吸う小鳥です。ですから、メジロは、ビワやツバキ、サザンカなどの花によく寄ってきます。もちろん、花の咲いたウメの木にも寄ってきます。メジロは、「メジロ(目白)」という名前のとおりに、目のまわりが白いのが特徴です。もし、ウメの木に小鳥が寄ってきていたら、その小鳥の羽根の色と目のまわりを見てください。メジロということが確かなものになります。
ウグイス豆やウグイス餅のように明るい黄緑色は、メジロ色とはいわれずに、ウグイス色といわれています。でも、私たちの思っているウグイス色は、ほんとうは「メジロ色」といったほうがいいのです。
「ウメにウグイス」という取り合わせは、「ウメにはメジロ」に改められることもなく、広く受け入れられています。その理由は、ウメとウグイスは、ともに春の訪れを感じさせてくれる植物と動物だからです。ウメは、春に花を咲かせる多くの植物に先駆けて花を咲かせるので、「春告草(ハルツゲグサ)」とよばれます。一方、ウグイスは、その鳴き声で春の訪れをいち早く告げてくれます。そのため、「春告鳥(ハルツゲドリ)」という名をもっています。そのため、春の香りを漂わせるウメと、春の訪れを告げるウグイスは、絵になる取り合わせになっているのです。
『日本の花を愛おしむ』 令和の四季の楽しみ方
発行:中央公論新社
田中 修・著
朝生ゆりこ・絵
判型/頁:A5判/274ページ
定価:本体2000円(税別)
販売サイト
⇒ http://www.chuko.co.jp/tanko/2020/01/005264.html
Text: 田中 修 Osamu Tanaka
甲南大学特別客員教授/名誉教授。1947年(昭和22年)京都市に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了。スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て、甲南大学理工学部教授を務め、現職。農学博士、専門は植物生理学。主な著書に『ふしぎの植物学』『雑草の話』『植物はすごい』『植物のひみつ』(中公新書)、『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書)、『ありがたい植物』(幻冬舎新書)、『植物のかしこい生き方』(SB新書)、『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書)、『植物はおいしい』(ちくま新書)ほか多数。
Illust: 朝生 ゆりこ (あそう・ゆりこ)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京藝術大学美術学部油画科卒。雑誌、書籍のイラスト、挿画などを多く手がける。 https://y-aso.amebaownd.com