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芸術

奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

Text : 村田 真

キーワード: 村田真 / 奇想の系譜展 / 江戸絵画ミラクルワールド / 山下裕二 / 白隠慧鶴 / 群仙図屛風

江戸絵画に降り立った「奇想」たち

いささか退屈気味だった日本美術史を10倍おもしろくした本がある。1970年に出版された辻惟雄氏の『奇想の系譜』がそれ。いまをときめく伊藤若冲をはじめ、岩佐又兵衛、狩野山雪、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳ら、それまで主流から外れた異端と見なされていた江戸時代の画家6人を取り上げ、再評価を促した画期的な書だった。

辻氏の論考が『美術手帖』に連載されたのは1968年のこと。古美術の専門誌ではなく、先端的な現代美術誌に載ったせいか、また時代がアヴァンギャルドや反体制に追い風だったせいか、あるいはヒッピーやサイケが流行していたせいか、当時は横尾忠則や篠原有司男ら前衛芸術家が真っ先に食いついたという。近年は若冲ブームに引きずられるように、再び注目を集めている。

この本を元に展覧会に仕立てたのが「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」だ。監修したのは辻氏の東大の教え子だった山下裕二氏で、出品は上記6人に白隠慧鶴と鈴木其一を加えた計8人。いずれも負けず劣らずエキセントリックな画家たちだ。

会場に入ると、まず若冲の《象と鯨図屛風》が出迎えてくれる。白い象と黒い鯨が対面する六曲一双の屏風絵だが、象はゆるキャラのようにデフォルメされ、鯨は潮を吹く背中しか見せていない。江戸時代にこんなユーモアにあふれ、奇想に富んだ絵が描かれていたとは驚きだ。

蕭白も負けていない。ところどころ赤や青などの極彩色を施した《群仙図屛風》は、なにより気の触れたような登場人物たちがグロテスクきわまりないが、波や風の斬新な表現は現代絵画も顔負けだ。かと思えば、やけくそで描いたかのように乱雑な筆触の《唐獅子図》は、しりあがり寿の絵と見まがうばかり。

芦雪はさらにスゴイ。《白象黒牛図屛風》は、若冲の《象と鯨図屛風》と張り合うかのように、白い象と黒い牛を画面いっぱいに描いている。芦雪と若冲はほぼ同時期にこれらを描いたらしく、どちらかが見てヒントを得たのかもしれないが、むしろ奇想は時空を超えてシンクロするものだと考えたい。さらにこの屛風では、白象の背中に黒いカラス、黒牛の足下には白い子犬を添え、白と黒、大と小の対比を際立たせている。こうした六曲一双の屛風を開陳する場合、閉じた状態からまず中央の2曲を見せ、外側を開いていくのだが、右隻の中央2曲はほとんど真っ白で、徐々に種明かしされていく仕掛けまで施されているのだ。

伊藤若冲 《象と鯨図屛風》 紙本墨画 六曲一双 各159.4×354.0cm 寛政9 年(1797)
滋賀・MIHO MUSEUM
長沢芦雪 《白象黒牛図屏風》 紙本墨画 六曲一双 各155.3×359.0cm
米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション
曽我蕭白 《群仙図屏風》 紙本着色 六曲一双 各172.0×378.0cm 明和元年(1764)
文化庁 重要文化財 【展示期間:3月12日~4月7日】

笑ってしまうのは《なめくじ図》。ナメクジがはい回った跡を薄墨でたどっているのだが、いったいどういう発想だろう?

きわめつけは《方寸五百羅漢図》で、なんと3センチ四方の極小画面に釈迦と弟子たち(五百羅漢)を描き込んでいるのだ。どれだけ人のやらないことをやるか、まるで奇想を競うかのようではないか。あ、ダシャレです。

出品作品のなかで唯一国宝に指定されているのは、岩佐又兵衛の《洛中洛外図屛風(舟木本)》だが、又兵衛で注目したいのは《山中常盤物語絵巻》のほう。牛若の母常盤が道中で山賊に惨殺されたのを知り、牛若が山賊の元に乗り込んで首をはね、胴体を真っ二つにするという残虐シーンを描いているのだ。胴体の真っ赤な断面など、俗悪な劇画でしか見たことがなかった。

岩佐又兵衛 《山中常盤物語絵巻 第四巻(十二巻のうち)》 紙本着色 一巻34.1×1259.0cm
静岡・MOA 美術館 重要文化財 【展示期間:2 月9 日~3 月10 日】

さて、展覧会を見ていて気づいたことは、意外にも真っ当な作品が少なくないこと。別に水を差すつもりはないけれど、奇想の画家だっていつも奇想にふけっているわけではないのだ。たとえば若冲の《雪中雄鶏図》と《梔子雄鶏図》は、どちらも綿密な観察に基づく初期作品で、奇を衒ったところは見られない。芦雪のユーモラスな《群猿図襖》も、師の円山応挙ゆずりの写実主義がベースになっている。鈴木其一の《牡丹図》は、琳派としては異例かもしれないが、絵としては真っ当すぎるほど真っ当に見える。

これらに比べれば、琳派の祖といわれる俵屋宗達の《風神雷神図屛風》や、中興の祖である尾形光琳の《紅白梅図屛風》のほうがよっぽど奇想に満ちていないか。日本絵画の王道ともいうべき狩野派の代表、狩野永徳の《檜図屛風》だって、今回出品されている山雪の《梅花遊禽図襖》に負けず劣らず奇想だろう。あるいは芦雪の師で写生を重視した円山応挙の、鯉が滝登りしている《龍門図》や、直線だけでひび割れを表わした《氷図屛風》などは、奇想中の奇想といえないだろうか。もっといってしまえば、写楽や北斎らの浮世絵などは奇想以外の何者でもないのでは……。

狩野山雪 《梅花遊禽図襖絵》 紙本金地着色 四面 各184.0×94.0cm 寛永8 年(1631)
京都・天球院 重要文化財

奇想の画家にもごくまともな作品があるように、主流とされてきた画家にも奇想が見られるのだ。ということはつまり、「奇想」というのはある特定の画家たちに宿るというより、若冲や蕭白のように宿りやすい画家がいるにせよ、ときおり日本の美術の流れのなかに降り立つ自由で斬新な発想のことだと考えたほうがいいのではないか。そういう視点でもういちど日本美術史を見直してみると、やっぱり10倍はおもしろくなるはずだ。

※会期中展示替えがあるため、全作品を同時に見ることはできません。

「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」

場所:東京都美術館 東京都台東区上野公園8-36

会期:2月9日(土)〜4月7日(日)

Text: 村田 真 (むらた・まこと)

東京造形大学卒業。ぴあ編集部を経てフリーランスの美術ジャーナリストに。東京造形大学および慶應義塾大学非常勤講師、BankARTスクール校長を務める。おもな著書に『美術家になるには』(ぺりかん社)『アートのみかた』(BankART1929)など。

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【ホットでクールなJ-ART】村田 真 vol.10 奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

[ 芸術 ] 【ホットでクールなJ-ART】村田 真 vol.10 奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

Text : 村田 真

キーワード : 村田真 / 奇想の系譜展 / 江戸絵画ミラクルワールド / 山下裕二 / 白隠慧鶴 / 群仙図屛風

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