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木下直之全集 —近くても遠い場所へ—

Text : 村田 真

キーワード: 木下直之 / 横浜絵 / 高橋由一 / 木下直之全集 / つくりものの世界 / ヌードとはだか / 股間若衆

日本の「美術」が隠したもの、失ったもの

日本の美術史は大きく2つの時期に分けられる。いうまでもなく、明治以前と以後だ。いや、これは正確ではない。なぜなら明治以前の日本には「美術」がなかったからだ。

「美術」という言葉は明治5年、ウィーン万博への出展を前にドイツ語の「Kunstgewerbe」を訳したもの、とされている。それまでは「美術」という言葉=概念がなかったので、「日本美術史」もなかったことになる。

とはいっても、なかったのは美術という言葉・概念であって、美術らしきものはあった。水墨画、狩野派、浮世絵、書、茶道や華道も含めると、むしろ多彩すぎるくらいスタイルや流派があった。しかし、それぞれ異なる階層の人たちが個々に楽しんでいたため、それらをまとめて「美術」に括る必要がなかったのだ。

そこに西洋から「美術」という枠組みが被せられた。水墨画の世界に油絵が注ぎ込まれたのだから、まさに水と油、混乱しないわけがない。とりあえず油絵の画材や技法は伝わったけれど、ものの見方は江戸時代のまま、なにをどう描いていいのかわからない。

それにも増して深刻だったのは、油絵でいかに食っていくかという問題だ。なにしろこれまで見たこともない油絵だから、買ってもらうどころか見てもらうことすらおぼつかない。彼らは頭を悩ませ、試行錯誤を繰り返した。

たとえば「油絵茶屋」。まだ美術館も画廊もない時代に、油絵をどこで見せ、お金に代えるか。知恵を絞って出た1つの答えが、小屋を建てて絵を飾り、お茶代をとるという商法だった。いまなら画廊喫茶を連想するかもしれないが、むしろ油絵を出し物にした見世物小屋というべきだろう。明治7年、五姓田芳柳・義松という画家の親子が浅草で開いた油絵茶屋が知られている。

父の芳柳は開国まもない横浜で、外国人相手に油絵風の写実的な似顔絵(「横浜絵」とも呼ぶ)を制作・販売。息子の義松は横浜の居留地にいたワーグマンの下で、油絵の先駆者として知られる高橋由一とともに油絵を習った画家。彼らは絵を描いているだけでは食っていけないことを知っていただけに、油絵を見世物としてさらすこともいとわなかった(もっとも実際に見せたのは、横浜絵と同じく油絵に見せかけた水彩画だったらしい)。

こうした過渡期ゆえの滑稽さを伴う試みは、ほかにもたくさんある。先に名前の出た高橋由一は「油絵掛軸」や「油絵屛風」などを提案。もともと壁の少ない日本の家屋には油絵を飾る余裕がないので、従来の日本絵画に「擬態」してスペースに割り込もうとしたのだ。これと似た例に、油絵とほぼ同時期に導入された写真を軸に仕立てた「写真掛軸」がある。当時の写真はモノクロなので、縦長にカットすれば山水画にも見えなくはない。涙ぐましい努力というべきか。

これらは過渡期ならではの時代の徒花としてすぐに姿を消し、忘れられてしまった。このように日本の近代化の過程で「美術」の枠組みから外れてしまったもの、振り落とされてしまったものを丹念に拾い集めて研究している学者がいる。東京大学大学院教授で静岡県立美術館館長を務める木下直之氏だ。

木下氏は兵庫県立近代美術館の学芸員時代に「日本美術の19世紀」と題する展覧会を企画、これを元に『美術という見世物 油絵茶屋の時代』という本を出版。前述の「油絵茶屋」も「油絵掛軸」も「写真掛軸」も、この本をネタにした。

木下直之著作 撮影:光齋昇馬
「この先つくりもん作品があります」看板と木下直之/富山県高岡市福岡町 「つくりもん」なのか「作品」なのか、「どっちなんだ」とツッコミを入れる木下直之/富山県高岡市、2017年

その後、木下氏は東京大学に移られたが、このアカデミズムの牙城でますますアカデミズムから外れた研究に邁進し、『ハリボテの町』『世の途中から隠されていること』『股間若衆』『戦争という見世物』など計12冊を上梓。この1ダースを全集に見立て、展覧会に再構成したのが「木下直之全集—近くても遠い場所へ—」だ。

展示は「つくりものの世界」をはじめ、「作品の登場」「ヌードとはだか」など6章立て。ここでいう「つくりもの」とは、さまざまな日用品を使って人や動物のかたちに模した造形物のこと。転じて「まがいもの」「偽造品」を指す。やかん、湯たんぽ、ちりとりなどの生活用品を組み合わせて麦殿大明神に仕立てたり、テニスラケット、グローブ、ボールなどスポーツ用品を使ってシャチホコをつくるなど、同じ種類のものを組み合わせてまったく別のものに見立てるのがミソ。

スポーツ用具一式のシャチつくりもの/鳥取県西伯郡南部町

「つくりもの」は庶民に人気があり、とくにお祭りでは大活躍するのに、終われば捨てられてしまうため「美術」とも「作品」ともいえない。「つくりもの」と「作品」とは似て非なるもの、むしろ対抗概念なのだ。会場には「この先、つくりもん作品があります」と書かれた看板が立っているが、この自己矛盾は両者を抱え込んだ日本の近代美術のありようを言い当てているのかもしれない。

展示で目を引くのは、「ヌードとはだか」の章の「股間若衆」と題するコーナー。男性裸体彫刻の股間写真が壁にところ狭しと貼られているのだ。西洋では「ヌード」は理想的身体を表わすため恥ずかしいものではないが、「はだか」は服を脱がされた状態なので恥ずべきもの。そのへんの違いがよくわからない日本では、男性裸体彫刻の股間がリアルに表現されず、かといって去勢されもせず、もっこり盛り上げている。これを「曖昧模っ糊り」というらしい。

赤羽駅前股間若衆/東京都北区赤羽

明治初期に日本に襲来した「美術」という黒船は、それまでの豊かな視覚文化から「美術」と「つくりもの」を選別し、後者を切り捨ててきた。それによって日本の近代美術は「西洋並み」に発展を遂げたのだが、切り捨てたはずの前近代的なものが日常生活のなかにひょっこり顔を出す。実はそうした「つくりもの」のほうが日本人の深層心理に訴えかけてくるせいか、圧倒的におもしろいのだ。そのことを木下氏の本とこの展覧会が教えてくれる。

<展示概要>

会場:ギャラリーエークワッド http://www.a-quad.jp/

東京都江東区新砂1-1-1 竹中工務店東京本店1F

会期:2018年12月7日(金)〜2019年2月28日(木)

入場料:無料

休館日:日曜・祝日休館

開館時間:10〜18時(最終日は17時)

問い合わせ先:ギャラリーエークワッド事務局 03-6660-6011

主催:公益財団法人ギャラリー エー クワッド

Text: 村田 真 (むらた・まこと)

東京造形大学卒業。ぴあ編集部を経てフリーランスの美術ジャーナリストに。東京造形大学および慶應義塾大学非常勤講師、BankARTスクール校長を務める。おもな著書に『美術家になるには』(ぺりかん社)『アートのみかた』(BankART1929)など。

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【ホットでクールなJ-ART】村田 真 vol.09 木下直之全集—近くても遠い場所へ—

[ 芸術 ] 【ホットでクールなJ-ART】村田 真 vol.09 木下直之全集—近くても遠い場所へ—

Text : 村田 真

キーワード : 木下直之 / 横浜絵 / 高橋由一 / 木下直之全集 / つくりものの世界 / ヌードとはだか / 股間若衆

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