近年、現代美術を対象にしたコンペやアワードが増えているが、なかでも定評があるのが、今年25回目を迎え、もはや老舗ともいえる「VOCA展」だ。

VOCA展とは?
「VOCA」とは「THE VISION OF CONTEMPORARY ART」の略で、「ヴォーカ」と読む。
これまで村上隆、大竹伸朗、奈良美智、会田誠らが出品し、福田美蘭、やなぎみわ、蜷川実花、山口晃らが受賞してきた。「VOCA展」が高い評価を受けているのは以下のような理由による。
まず第一に、従来の公募展のようにだれでも出品できるのではなく、全国の美術館学芸員や大学教員からなる推薦委員が選んだ40歳以下の若手作家のみが出品、5人の選考委員がVOCA賞、VOCA奨励賞、佳作賞などを決める仕組みであること。これによって作品の質の高さがある程度保たれると同時に、大都市圏に偏らず地方の埋もれた才能を発掘することも可能になる。また、カタログには推薦委員の文章も載るため、地方の学芸員や教員の励みにもなる。
第二に、絵画を中心に広く平面作品全般を対象としていること。ふつうは洋画とか日本画とかジャンルで分けるか、またはなんでもありのノンジャンルだが、「VOCA展」はサブタイトルに「新しい平面の作家たち」とあるように、平面という枠内であればなんでもありなのだ。だから油彩画・日本画を問わないだけでなく、版画も写真もレリーフもOK、とにかく厚さ20センチ以内であれば映像だろうとネオンだろうと拒まれない。今回も壁から20センチほど突き出た棚をつくり、その上に細工した手紙を置いただけの作品があった。
そして第三に、同展は第一生命保険会社が協賛し、受賞作品を同社のビルのロビーやギャラリーに展示していること。同展が始まった90年代前半には「企業メセナ」がブームになり、多くの企業がアートスペースやアートアワードを創設したものだが、初志貫徹しているところはそう多くない。「VOCA展」は4半世紀のあいだ基本的に同じシステムで運営してきたため、安定感があるのだ(逆にマンネリに陥る危険もあるが)。
VOCA展に見る日本的なもの
さて、今年の「VOCA展」を見ると、いつになく日本を意識させる作品に優品が多かったように思う。
たとえば、佳作賞を受賞した森本愛子の《唐草文様》。これはまぎれもない日本画だが、おもしろいことに森本は東京藝大で油画を専攻したものの、東洋の古典絵画に関心が高まり、装飾性の強い日本画に移行したという。この作品はタイトルどおり唐草文様を軸に、2人の女性とその衣装の装飾、庭の植物を有機的につなげたもの。「VOCA展」に日本画は少ないが、優れた作品であれば形式を問わず評価するという姿勢が表れている。

VOCA奨励賞を獲得した藤井俊治の《快楽の薄膜》は一見、日本画か油彩画か区別がつかない。支持体は綿布に白く下塗りしているため紙か絹に見えるし、画材も油彩、水彩、アルミ箔、雲母など東西のものを併用。描かれているのは鏡やカメオ、レース編み、ダイヤモンドなど西洋的モチーフだが、琳派を思わせるきらびやかな装飾性や余白は日本的だ。モチーフは豪奢なのにどこか空虚感を漂わせるのは、村上隆のいうスーパーフラット的な日本画の要素が入り込んでいるからかもしれない。

逆に、日本的すぎるモチーフを西洋的手法で編み上げたのが、VOCA賞に輝いた碓井ゆいの《our crazy red dots》だ(ページトップの作品)。さまざまなかたちの布を縫い合わせるクレイジーキルトという手法でつくられた作品で、木枠やパネルに張らず布のまま少したわんだ状態で展示されている。
これだけならちょっと変わった作品で終わってしまうが、問題は布の図柄。赤いドット、トマト、梅干し弁当、水玉模様がトレードマークの草間彌生、日章旗で顔を覆った兵士を描いた戦争画など、とにかく赤い丸のある図像がパッチワークされ、日の丸の旗を想起せずにはおかないのだ。もちろんだからといって「日の丸バンザイ」と叫びたいためにこれをつくったとは思えない。そうではなく、トマトも水玉模様も日章旗も同じ布の上に並べることで、日の丸を明るくポップに相対化してみせたというべきだろう。
付け加えれば、クレイジーキルトが女性の手仕事だった点で、出征する兵士のお守りとして女性が赤い糸で一針ずつ結び目をつくった千人針とも通底している。さらに作品に目を凝らせば、下のほうの小さな赤い2つのドットの下に半円が刺繍され、乳房のかたちをなしているのがわかる。隠れテーマは「戦争と女性」と見た。こうした重層性こそVOCA賞にふさわしい。
ちなみにクレイジーキルトは「ジャパニーズキルト」とも呼ばれ、葛飾北斎の発案した「氷割れ梅模様」の不定形なかたちに由来するという。19世紀後半の北米で流行したもので、ジャポニスムの一種といえるだろう。
*上野の森美術館にて開催中。3月30日(金)まで
Text: 村田 真 (むらた・まこと)
東京造形大学卒業。ぴあ編集部を経てフリーランスの美術ジャーナリストに。東京造形大学および慶應義塾大学非常勤講師、BankARTスクール校長を務める。おもな著書に『美術家になるには』(ぺりかん社)『アートのみかた』(BankART1929)など。